相続で印鑑証明書が必要な手続きと印鑑証明書の取り方

2023年11月7日

相続が発生したとき、さまざまな手続きに書類が必要となります。その中でも「戸籍謄本」と並んで重要なのが、「実印による押印」及び「印鑑証明書」です。
日本では、「特に実印による印鑑を押すこと」の重要性が非常に高いとみなされています。この「実印」を証明するのが印鑑証明書です。相続における印鑑証明書の役割を、正しく理解してください。
特に、意思表示をしたことを示す重要な事実の1つである「実印」と印鑑証明書の管理をしっかりして、盗用・悪用にご注意ください。
今回は相続で印鑑証明書が必要な場面と、印鑑証明書の取り方について、わかりやすく解説します。

甲斐 麻莉子(司法書士)

そもそも実印、印鑑証明書とは?

実印とは、市町村や法務局に対してその人が登録の申請をした印鑑のことをいいます。生まれながらに持っているものではなく、大人になってからハンコ屋などで印鑑を作成し、それを市町村に持ち込んで登録をすることで、その印鑑が実印となるのです。個人の「印鑑登録証明書」というのが正式名称です。

実印のきまりと登録方法

 ハンコ屋で自分の名前の実印を作ってもらいます。
氏のみ、名のみ、氏名の両方のいずれでも実印登録をすることができます。
また、「髙橋」のように旧字・異字体が使われている氏名であっても、「高橋」のように常用漢字でハンコをつくり、登録をすることができます。
 身分証と実印を持って、お住まいの市町村で実印登録をする(即日)
以前は実印となるハンコで押印をしたものをスキャンする市町村が多かったのですが、最近では実印自体を役所のスキャン機械で登録することも多いようです。
代理人による申請も可能ですので、お住まいの市町村にお問合せください。

そして、この実印に対応する証明書が印鑑証明書です。印鑑証明書には、実印の印影、氏名、生年月日、住所が記載される決まりです。
相続手続きなどで、「印鑑証明書が必要」ということは、「実印を押印する」ということになります。
書類に押印された印鑑の印影と印鑑証明書に印刷された印影が一致することで、その印鑑証明書に記載されている人物が、真意にもとづいてその書類に実印を押印したのであろうと、法律上とりあつかわれます。また、印鑑証明書は原則本人しか持ちえないものですので、印鑑証明書が本人確認書類として扱われることもあります。

印鑑証明書の必要な場面

印鑑証明書は、相続の場面以外でも、不動産の売買や賃貸借契約締結、不動産の所有権者の名義変更、自動車の名義変更など、大きな契約を結ぶ場合に必要になります。
また、顔写真のない身分証明書(2点証明)として求められることもあります。

印鑑証明書の重要性

印鑑証明書は非常に重要な書類です。実印や印鑑証明書を、第三者に預けてしまったり、保管場所を知られて勝手に使われると非常に危険なことが起こります。
たとえば、不動産の売買契約書に実印が押印され、印鑑証明書が添付されている場合、「本人によって押印された」と推定されてしまい、反証には大きな労力を要します。万が一家族や第三者に盗用されてしまった場合には、ただちに弁護士にご相談ください。
実印、印鑑証明書は「押印し、それを証明する」という関係にありますが、印鑑証明書さえあれば、3Dプリンターや手彫りによって実印を作ることは難しくないでしょう。万が一実印や印鑑証明書をめぐる裁判になってしまった場合、保管方法の不備なに主張される可能性がありますから、家族であっても保管場所を知らせない位に注意することをお勧めします。

印鑑証明書の悪用に注意

相続では、印鑑証明書を人に預けることがあります。たとえば、委任状で他の相続人に手続きを任せる場合です。このとき、委任状に実印を押印して、印鑑証明書を預けることになりますが、委任状を改ざんされて、悪用されることも十分に考えられます。
印鑑証明書の悪用を避けるために、預ける相手は信頼に足るかをきちんと考え、委任状や遺産分割協議書の内容をよく読むように注意してください。また、書類に不明な点があって問い合わせたときに、納得にいく説明をしてくれなかったり、とにかく早く送り返させようとする相手には注意してください。
遺産分割協議書に押印する際は、可能な限り相続人全員が一堂に会して、全員の目の前で遺産分割協議書に署名押印しましょう。

なぜ、相続手続きで印鑑証明書が必要になるのか?

では、「印鑑証明書とはそもそもどのような書類なのか」を理解していただいたところで、相続手続きで印鑑証明書が必要になる理由を解説します。相続手続きで必要となる実印・印鑑証明書は、相続人となる家族や、遺贈をうけた人のものです。亡くなった方は押印やその証明をすることができませんから、被相続人(お亡くなりになった方)の印鑑証明書が死亡後に必要になることはないと思って問題ありません。

印鑑証明書が必要となる理由

相続手続きのあらゆる場面で、実印と印鑑証明書が必要になります。
例えば相続人が2人以上いる場合には、相続財産の行先を相続人全員で話し合い(遺産分割協議)ます。その内容を「遺産分割協議書」や「遺産分割協議証明書」で証明し、実印で押印して印鑑証明書をつけることが必要になります。
遺産分割協議書は私文書といい、公文書のように公共機関が作成・発行した書類ではありません。しかし、亡くなった方の財産の行先をきめる重要な書類であり、その金額も大きいです。そのため、相続人全員の印鑑証明書を添付することで、相続人全員でその協議書を作ったことを証明することが通例です。

「遺産分割協議書に印鑑証明書をつける」といっても、張り付けたり、一緒にホチキス止めをする必要はありません。むしろ印影照合がしづらくなるため、綴じこむことはおすすめしません。
遺産分割協議書と印鑑証明書をなくさないよう一緒に保管していればよいのです。

また、遺産分割協議の後に実際に不動産や自動車の名義変更、預貯金の解約の手続きをする際にも、印鑑証明書が必要です。
印鑑証明書は遺産分割協議書を作成した際のものを流用できることがほとんどですが、銀行手続きの際につかう印鑑証明書には、3か月又は6か月の期間制限があることが多いので、ご確認ください。

相続人全員の印鑑証明書が不要な相続手続き

以上のとおり、相続手続きで印鑑証明書が必要となる理由は、遺産分割協議書に、相続人全員が真意で押印したことを証明するためです。
そのため、遺産分割協議書に間違いがないことが簡単にわかる場合は、印鑑証明書を添付する必要はありません。相続手続きにおいて、印鑑証明書が不要となる手続きは次のとおりです。
ポイント
• 遺産分割協議書が公正証書で作られている場合
• 家庭裁判所の遺産分割調停調書や審判書により遺産分割する場合
また、相続手続きであっても、次のような遺産分割が必要ない(遺産分割とは関係ない)手続きについても、当然、相続人全員の印鑑証明書を添付する必要がありません
ポイント
• 相続人が一人の場合(遺産分割協議の必要がありません)
• 保険金の請求(受取人が指定されている場合、受取人が被相続人となっている場合は、必要になることもあります)
• 遺族年金の請求

遺言書が存在する相続手続き

遺言書が存在する場合には相続人全員の印鑑証明書は、原則不要になります。なぜ遺言書が存在する場合には印鑑証明書が不要かというと、遺産の分け方が、遺言ではっきりしているからです。
しかし、例外的に相続人以外の人が不動産を取得する場合は、手続の構造上、相続人全員の印鑑証明書が必要になります。

相続放棄するとき

相続人が家庭裁判所に対して相続放棄の申述をすることで、最初から相続人ではなかったことになります。したがって、遺産分割協議に参加することもなくなるので、印鑑証明書は不要です。また、家庭裁判所で相続放棄の手続きをする際にも、印鑑証明書を提出することはありません。
しかし、遺産分割協議によって、財産を一切相続しないことにする場合は決める場合には、実印で押印し、印鑑証明書を添付することが必要になります。

印鑑証明書が必要な具体的な場面とポイント

では、次に相続手続きにおいて、印鑑証明書が必要な場面とその際のポイントを解説します。

不動産の相続登記手続きをするとき

相続登記とは、不動産の登記名義を相続人に変更することをいいます。一般的には所有権の登記名義人を変更することがほとんどですが、亡くなった方がほかの人にお金を貸していて土地を担保にとっていた場合等には、抵当権の名義を変更することもあります。
相続登記を申請するとき、遺産分割協議書の一部として相続人全員の印鑑証明書が必要となります。不動産を取得しない相続人であっても印鑑証明書を準備しなければなりません。
遺産分割協議書に添付する印鑑証明書は、法務局にあらかじめコピーを提出して原本は返してもらうことができるので、他の手続きに流用することができます。
相続手続きで用意しなければならない印鑑証明書は、一般的に、発行後3か月または6か月以内のものに限られる場合が多いですが、相続登記手続きでは有効期限はありません。理論上、10年以上前のものであっても手続きをすることが可能です。

戸籍が取得できない場合

お亡くなりになった方の出生から死亡までの全ての戸籍を収集するにあたって、自然災害や戦争によって戸籍謄本が消滅していることがままあります。
また、住民票の除票が手続き上必要になる場合で、令和元年以前は、住民票の除票の保管期限は5年であったため(現在は150年)「保管期限経過により取得できません」と市町村に言われる場合があります。
そういった場合には、「相続人全員の上申書」が必要となります。「保管期限経過や滅失により戸籍等はないけれど、相続人全員が納得しています、間違いありません」と証明して、実印を押印し、印鑑証明書を添付することが必要となります。

預貯金の払戻手続きをするとき

相続財産の中でも、預貯金をお持ちでないという方は少ないでしょう。預貯金の払戻手続きのときにも、印鑑証明書が必要になります。
預貯金の払戻手続きでも、相続登記の場合と同様に、遺産分割協議書に相続人全員の印鑑証明書を添付して行います。
また金融機関によっては、指定の預貯金の払戻請求書に相続人全員の実印を要求する金融機関もあります。
払戻手続きの場合も、不動産の相続登記と同様に、印鑑証明書の原本を返却してもらえる場合が多いです。有効期限は各金融機関によりまちまちですが、3か月から6か月以内である場合がほとんどですので、事前に確認してください。

相続税の申告・納付のとき

相続税の申告・納付のとき、税務署に提出する必要書類にも、遺産分割協議書を添付する限り、相続人全員の印鑑証明書が必要になります。
相続登記と同様に印鑑証明書の有効期限はありませんが、原本の返却をすることができないため、印鑑証明書をまとめて取得するときは、取得する枚数に注意が必要です。

印鑑証明書がない場合、相続の対応方法は?

相続で、印鑑証明書が、非常に重要な書類となることはご理解いただけたでしょうか。
相続手続きが発生したけれど、相続人が実印・印鑑証明書を持っていない場合には、原則として実印登録と印鑑証明書の発行をする必要があるのです。
しかし、次に紹介する3のケースでは、そもそも印鑑証明書を用意することができなかったり、印鑑証明書があっても相続の手続きができません。
そういった場合であっても、相続手続きは行わなければなりません。印鑑証明書がなくても可能な相続手続きの進め方について解説します。

未成年者が相続人の場合

印鑑登録をすることができる年齢は、15歳以上とされていますから、18歳未満であっても15歳以上であれば、印鑑証明書を取得することが可能です。
しかし、未成年者の場合、判断能力が未熟であると考えられていて、未成年者だけでは遺産分割の協議をすることはできません。
遺産分割協議以外の多くの法律手続きでは、未成年者の親権者が法定代理人となって手続きを進めることが可能です。しかし、多くの遺産分割においては、親権者も遺産分割協議の当事者(=相続人)ですので、親と子の利害関係が対立しているのです。
そのため遺産分割協議では、未成年者の利益を保護するために、未成年の相続人の特別代理人を選任するよう家庭裁判所に申立をして、特別代理人が未成年者のために遺産分割協議をすることが通常です。
この場合、遺産分割協議書に署名押印するのは未成年者ではなく特別代理人になります。印鑑証明書のご準備も特別代理人の印鑑証明書(弁護士・司法書士の場合には職印証明書)を添付することになります。

<例外>

遺産分割協議であっても、親が子を代理することができる場合もあります。
例えば、両親が離婚して母が子を引き取り、父が亡くなった場合です。正式に離婚していれば、子は父の相続人ですが、母は父の相続人ではありません。そのため、母と子の利害関係は対立しないものとして、母が子を代理することができるのです。その場合、遺産分割協議書には母が「子の法定代理人母」として実印を押印し、印鑑証明書をつけることになります。

海外居住者が相続人の場合

印鑑登録の制度は、登録する人の住民票のある市町村に印鑑を登録して、その印影を証明する制度です。したがって、日本国内に住所がない人(海外居住者)は、印鑑登録をすることができません。
この場合、印鑑証明書に代わる方法として、在外領事館での署名証明(サイン証明)を利用します。署名証明(サイン証明)とは、領事館の職員の前でサインをして、その職員が間違いなくその人が署名したことを証明する制度です。
印鑑証明書に代わる署名証明(サイン証明)には二つの方法があり、単に署名のみを証明してもらう方法と、遺産分割協議書に署名をしてもらい、その遺産分割協議書に証明文を追加してもらう方法があります。一般的には署名のみを証明してもらい、それを国内の相続人あてに送ることが多いでしょう。

成年被後見人が相続人の場合

成年被後見人とは、認知症や心身の状態により「法律上の意思能力がない」と家庭裁判所が判断した方をいいます。認知症の方が詐欺に遭って大きな契約をしてしまうことを防ぐために、成年被後見人になると印鑑の登録が抹消されて、印鑑証明書を取得できなくなることになっています。

各市町村によりますが、成年被後見人になると、「印鑑登録抹消確認通知」が送られた後に、印鑑登録が抹消されます。
また、成年被後見人であっても、本人の意思が確認されて成年後見人が同行するなどの要件を満たすことで、印鑑登録を再度することが可能である市町村もあります。

印鑑証明書の取り方

相続手続きで印鑑証明書が必要となるとき、印鑑証明書の取得は第三者に任せず、自分で行うことが原則です。
印鑑証明書の取り方は、いくつかの方法があります。日中に仕事をしていて市区町村役場に行けない方でも、印鑑証明書を取得できる場合がありますので、事前に確認しておくとよいでしょう。

市町村役場の窓口で発行する方法

住所地の市町村役場に、実印又は印鑑カードを持参して、印鑑証明書を取得できます。出張所や特別派出所などでも取得できることが多いので、お住まいの役場にご確認くだい。また、曜日限定で夜間窓口などの対応をしている市区町村もあり、働いている方でもお休みをとらずに取得することができます。

市町村役場の証明書発行機で発行する方法

印鑑登録の際に発行された印鑑カードによって、役場や役場の出張所等に置いてある証明書発行機で取得することができます。
夜間、土日祝日でも対応可能な自治体もあります。

コンビニのコピー機で発行する方法

住基ネットカードやマイナンバーカードを持っている場合は、コンビニのコピー機で、印鑑証明書を取得することができます。対応時間には注意が必要ですが、異なる市町村のコンビニであっても発行できることが多いので、とても便利な方法です。
印鑑証明書をコンビニで取得することのできる市区町村は、こちらでお調べください。

A5サイズの印鑑証明書と、A4サイズの印鑑証明書の違いは?

印鑑証明書には、小さなA5サイズで片面印字のものと、A4サイズで両面印字(裏面は偽造防止)のものがあります。前者は市町村窓口で発行した場合に交付され、後者はコンビニ等で取得した場合に交付されます。どちらも法律上・手続き上全く同じように用いることができますので、気にする必要はありません。
しかし、銀行や法務局の手続きで原本を還付してもらいたい場合には、A4サイズのものは裏側もコピーして提出する必要がありますので、ご注意ください。